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難しいね、そして、きょうのらくがき(2018年7月6日) [日記]

おはようございます。
今日もこの不定期更新ブログに目を通して下さり、ありがとうございます。

さて、小説の表現が剽窃?と話題になっていますが、こんな意見もあるようでして・・・。(リンク先をご参照ください。)

荻上チキ 芥川賞候補作 北条裕子『美しい顔』問題を語る https://miyearnzzlabo.com/archives/51122

なるほど、細部の表現を借りていることはあったとしても、主題は作者独特のものであり、極めて非凡であるので「剽窃」だけがクローズアップされて読まれなくなることは残念と荻上さんはお考えのようですね。

私は荻上さんの意見に半分同意しますが、それであればこそ、作者は現地を「取材」すべきだったなぁと思いました。

らしさ、を出すために取材する代わりにノンフィクションから借りてくることで、荻上さんが評価した、「取材しないことにより、文学としての純粋性が際立つこととなった」(私は荻上さんがそう言いたいと思いました)こと自体が中途半端になり、この作品においては価値を無くしたと思うからです。

作家が何でも経験したことや、リアルに取材したことしか書いてはいけない、などと言うつもりはありません。でも、「らしさ」を出すために中途半端に他人が傷だらけになって行った仕事を使用することはいけないと思います。

想像だけで「らしさ」が表現できないのであれば、現地を取材して、自身の表現を見つける・・となるかもしれませんが、そうなると人間は感情のいきものなので、作者が問題となっている小説作品で表現したかった、ある意味「冷たい」視点を持ち続けることは難しかったでしょう。

自分の冷たさを理解していたからこそ、新人賞受賞の言葉が「小説を書くことは罪深い」だったのでしょうね。

ただ、そうであればこそ、自分が傷つく事もなく、自分が(直接は)誰かを傷つけることのなさそうに思えた「ノンフィクションからの借用」をするのではなく、取材をして、傷だらけになりながら書いて欲しかったなぁ、と思うのです。それこそ業であり、罪深さであり、文学者としての生き方だったのではないでしょうか。

そうできなかった中途半端さが、この作家の限界だったのかなぁ、とも思いました。

(問題の小説の全文は、こちらで公開されています。(「講談社からのお知らせ」7月4日のところをご覧ください。)pdfファイルでの公開ですので、アドビリーダーなどをご用意ください。)
http://www.kodansha.co.jp/news.html#news52261

さて、偉そうな前置きはこれくらいにして、きょうのらくがきです。

おでかけにはしゃぐ、にゃっきいちゃんと、お兄さんのにいすけ君です。

おでかけ!!(JPEG).jpg


気持ちよく晴れた夏空が、待ち遠しいですね。

報道によると、各地で大雨や台風の被害が発生しています。お見舞い申し上げますとともに、一日でも早く、いつもの生活が戻りますようお祈り申し上げます。

それでは、またお会いしましょう。
ごきげんよう。

※荻上さんのお名前の漢字を間違えていたので訂正しました。荻上さん、申し訳ありませんでした。

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